2013年8月13日火曜日

お酒の話 4

 昨日、久しぶりにマッカラン(12年)を買った。まさに清水の舞台から飛び降りる心境である。そのマッカランをちびちび飲みながら思うのは、2年と10ヶ月前のことである。

 僕は小説を書き始めた。いや、小説というのは語弊があるかもしれない。僕が書きたかったのは、”人類誕生の謎”だった。かつて僕の信奉した考古学者、ゼカリア・シッチンの謎解いた世界を、物語にしたかったのだ。

 最初に書いたのは「エンジェル」という作品で、およそ1ヶ月で書き上げた。次に書いたのが「名探偵の事件簿」で1週間、さらにその翌週「トラベラーズ」を、やはり1週間で書いた。その翌週から「ワンダーランド」を書き始め、これは3週間要した。とにかく、夢中で書き続けた。

 典型的な理科系脳で、しかも記憶力が人一倍欠如している。どうしようもないバカなのだ。書いている途中で主人公の名前は忘れるし、たまにストーリーも忘れることだってある。むつかしい漢字だってよく知らない。

 そうこうするうちにプータロ―生活もヤバくなってきた。家族がいるわけで、何かしらして生活の糧を得なければならない。仕方がない、僕はもう一度就職活動をすることにした。目標は6ヶ月後。

 限られたその6ヶ月間、僕は書きまくった。それまでとはまるで気持ちが違っていた。一番の違いは、生々しい性描写に代表される、どろどろとした人間の”さが”の表現だ。それまでの(それはそれで良いことだと思うけど)どこかソフトな描写を捨て、とにかく本能に忠実に書くまくった。この6ヶ月間で書いた作品が、「聞かせてくれ、命の調べを」、「出来損ないの天使」、それに「優しい悪魔」である。

 だからこの3作品には、ほかならぬ思い入れがある。再就職して生活の糧にはなんとか困窮することも無くなった今、おそらくああいう作品は描けないだろう。何しろ、書きながら毎晩涙を流していたのだから。

 今は「除妖師」を描くのに夢中だ。かつての神話ものやハードボイルドとは違い、究極のライト・エンターテイメントを目指している。でもこの連作を書き終えた後は、もしかするとまたディープな神話の世界に戻るかもしれない。

 シングルモルトは不思議な酒である。甘さ、渋さ、苦さ、酸っぱさ、様々な味が複雑に絡み合い、飲むときどきにまるで違った世界を描き出す。そしてそこに想い出が重なり、まるで人生を語る媒体のような存在になるのだ。
 マッカランの、シェリー樽の甘い香りの染みついた味は、さしずめ、悲しい過去を美化する薄化粧と言ったところか。

 今日は、いつになく切ない。

0 件のコメント :

コメントを投稿