2015年4月4日土曜日

次作は「エンジェル」の続編に決めました


 小説とは難しいもので、書く側の思惑などどこ吹く風で、良いと思ったものが鳴かず飛ばずで、逆に心配していた作品が歓迎されたりもします。この「エンジェル」はまさにその後者の方で、嬉しい誤算にほくそ笑む日々であります。そして多くの人からこの作品の続編を所望され、優柔不断な小生は執筆中の作品を中断し、この作品の続編を書くことに決めました。以下はその冒頭部分になります。
 面白そうだな、と思った奇特な方は、ぜひ、既刊作「エンジェル」を読んでください。続編をよりいっそう愉しめること請け合いです。もちろん、保証はしませんが。







エンジェルII(仮題)

<前編>神々の降臨


一 プロロ-グ

 時は西暦二三二〇年――
 京極達也は空を見上げた。街を覆う大気は蒼々と澄み渡り、遙か彼方の宇宙まで透けて見えそうだ。
「あと二ヶ月か……」
 その彼方から迫る来るであろう惑星を想いながら、達也はひとり呟いた。そしてスカイウォーカー――超小型飛行式バイク――のスロットルを強めにひねった。たちまちグンッっと腕が引っぱられ、後方に押しやられた上体を、弓のようにしなったカーボン樹脂製の背もたれが優しく受け止める――
「いやっほーっ!」
 達也は、燦々と陽光を降り注ぐ天に向かって雄叫びを上げた。その声は澄んだ空気の中に吸い込まれ、かわりに前方から、ウィンドシールドを切る乾いた風の音が襲い来る。
 わざと蛇行しながらしばらく飛行を愉しんだ彼は、ゆっくりと高度を下げて、その白い巨大な建物に近づいた。
 中央に位置する円形のドームと、そこから放射線状に伸びた八本の細長い居住棟。円形のドームは直径二キロメートルにも及び、その周囲の居住棟まで含めると優に十キロメートルは超えている。まさに都市そのものである。そしてそのまわりはびっしりと緑の森で覆い尽くされ、それは遥か地平線まで延々と続いている。
 達也はスカイウォーカーを、高さ二百メートルもある円形ドームの中腹辺りに位置するエアターミナルに、ゆっくりと着地させた。
 ヘルメットを脱ぎ、その後部にあるボタンを押して掌ほどの大きさに折りたたむと、それをスカイオーカーの座席の下に押し込み、達也は前方の白い壁に向かって歩いた。
「京極達也だ」
 壁に向かって手をかざすと、青いレーザー光の細い線が伸び、すぐにDNAスキャンを開始した。
「カクニンシマシタ。ドウゾ、オハイリクダサイ」
 男のものとも女のものとも判別のつかない合成音声が聞こえたと思うと、壁が右にスライドし、その先に長い廊下が姿を現わした。上下左右の壁全体が白色の光を放ち、足を踏み入れてもどこにも影が出来ない。二十メートルほどの廊下を進むと、その先にはやはり白い壁があり、その壁が音も立てずに右にスライドすると、大人が四・五人ほど入るのがやっとの狭い空間が現れた。中に入るとふたたびスライドして背後の壁が閉じ、達也は振り向きざまに、
「第三セクション、第五ブロック」
 壁に向かって言った。すると、
「ダイサンセクション、ダイゴブロック、デスネ」
 先ほど同様、中性的な合成音が彼に確認を促し、「そうだ」達也が言って手を前に伸ばすと、今度も例の青いレーザー光がDNAスキャンを開始し、そしてリョウカイシマシタと声がするやいなや、体が軽く上方へ引っぱられ、しばらくすると今度は左に、またしばらくすると右に、あるいは下方に、彼を乗せた狭い箱は、静かに、滑らかに、縦横無尽に移動を続けた。その移動も五分ほどでようやく終わり、ふたたび壁がスライドして開くと、いきなり眼前に広大な空間が姿を現わした。
 そこは片面が二百メートルほどはあろうかというほぼ正方形をしたホールで、総計百人ほどの人たちが数人ずつのグループをつくり、それぞれ空間に映し出された映像を見ながら会話に興じている。天井は高く、十メートルほどの上空に、白い光を放つパネルが隙間無く張り巡らされている。
 達也は左前方に目をやり、何かを見つけたように焦点を合わせると、そこに向かってまっすぐ歩を進めた。達也が向かった先には二人の男と一人の女が、宙に浮く百インチほどの映像を見ながら談笑している。三人とも若い。二十歳前後といったところか。といっても、別にそれは彼らに限ったことではない。このホールにいる百人ほどの者たちがみな、彼ら同様、二十歳前後と思しき瑞々しい姿容をしているのだ。
「やあ達也。遅かったじゃないか」
 達也に気づいた真城タケシが、細面の精悍な顔を向けて言った。
「ああ、森に散歩に行ってきた」
「あいかわらず好きだな」
 タケシが言うと、達也は、
「森は最高だ。空気はうめえし、動物たちは自由を謳歌してるぜ」
 そう言って嬉しそうに顔をほころばせた。しかしすぐに顔をしかめ、
「でも、あいつらはそういうわけにゃいかねえ。人間の思い上がった都合で、二ヶ月後には不毛な戦いに駆りだされんだ。僚太、例のやつの様子はどうだ?」
 達也はもうひとりの男、少し小柄な柔和な顔をした青年に訊ねた。
「速度はあいかわらず変わりありません。このままだと、やはり二ヶ月後には地球に到着しそうですね」
「そうか……」
 達也が難しい顔をして呟くと、
「このままだと大変なことになるわ……」
 隣に立った女が、切れ長の目を心配そうに曇らせて言った。
「ああ……でも俺たちにはもうどうしようもできねえ。ところで樹里亜、あれはなんだ?」
 中空を見上げて達也が訊くと、樹里亜と呼ばれた女は顔をしかめ、
「空中要塞、つまり空母ってやつよ。あの中に戦闘機を数百機搭載して、奇襲攻撃を仕掛けるつもりよ」
 そう言って顔を左右に振ってみせた。
「あれがそうか。すげえな……」
 茫然と達也の見入る空間には、円盤状の灰色の物体の三次元画像が浮かび上がっている。とそのとき、横から声が割って入った。
「しかも空中要塞は一機だけじゃありません。すでに二機が完成していて、三機目もあと二週間もすれば出来あがる予定です」
 僚太という青年が柔和な童顔を上げ、三次元映像に向かって呟くように言った。
「どうするつもりだ、達也? まさかこのまま放っておくつもりじゃないだろうな?」
 タケシが険しい表情で責めるように問い詰めるも、達也は首を横に振り、
「知るか……おれにゃ、かんけえね話しだ。好きにやって、後で後悔するがいいさ……」
 それっきり口を閉ざした。達也の脳裏にこの三百年間の出来事が、まるでビデオを早送りするように、けたたましい勢いで駆け巡った。
 
 ――今から三百年前、人類は滅亡の危機に瀕した。それはかつて太古、神々たちが仕組んだ罠によるものだった。神々は、自らが創造した人間に、種の寿命を忍ばせたのだ。それも極めて巧妙な方法で。そしていよいよその種の寿命が尽きるときがやってきたというわけだ。
 本来であればそこで人類の歴史は終わるか、あるいはわずかに生き残った人間が、また原始の世界から出直して、気の遠くなるように長い文明再興の歴史を綴るはずだった。しかし神々たちの仕組んだ傲慢な思惑は、勇気ある人間たちによって阻まれた。
 彼らは自らの生存を放棄し、次代の子供たちに夢を託すことにした。体外受精とミトコンドリアの入れ替えを組み合わせた、当時としては革新的な技術を駆使して、できうる限り多くの子孫を残すことに邁進した。
 彼らはその子孫たちにエンジェルと命名した。そしてエンジェルたちが安全に、文化的に生活出来るようにと、総力を挙げて快適な居住施設を用意した。先陣を切った日本に倣えと、欧米各国においてもこの運動は続いたが、残念ながら彼らは子孫を残すことはかなわなかった。送り出す側の「覚悟」が足らなかったのだ。
 最後まで自身の生に執着した彼らは、インフラや工場を停止することを拒み、最後には主を失った文明の遺産が、火を吐き、毒をまき散らし、エンジェルの住む街を死の灰で覆い尽くした。
 しかしここ日本だけは違っていた。彼らは既存の工場やインフラを、未来の環境保全のために覚悟をもって停止させた。物資の供給はおろか、電気・ガス・水道を自ら断つことになるその行為は、すなわち送り出す側の人々の、早すぎる「死」を意味していた。そう、彼らは自らの死をもって、エンジェルたちに未来を託したのである。
 こうして夢を託された日本のエンジェルたちは生き延び、伝説の指導者・ジュリア、すなわち達也の母親に導かれて、神々が遺伝子に組み込んだ「老化」と「寿命」という、よけいなプログラムを排除することにその多くの労を費やした。そして伝説の指導者がこの世を去ってから二十年後、ようやく人類はその寿命を二倍に増やすことに成功した。
 そのころ達也はすでに六〇歳で、本来であればそろそろカウントダウンに入るはずだった彼の人生が、いきなり振り出しに戻った。そしてさらにそれから五十年後、人類はついに永遠の生命を手に入れた。
 永遠の生命を得た人類は驚くべきスピードでその知恵を伸ばし、科学技術を発展させ、そしてついに神々の正体をつきとめた――

 太陽を七千年周期で回る惑星『ニビル』、そこに棲む高度な生命体――それこそが人間の言うところの神々であり、母星ニビルの鉱物資源の枯渇に頭を悩ませていた彼らは、あるとき地球に目をつけた。かつて遥か太古、惑星同士の衝突によりニビルと接触のあったその星には、ニビル同様に空気があり、水があり、アミノ酸を主成分とする原始の生命体もいた。
「いいことを思いついたぞ!」
 地球に降り立った彼らは、大地を這いずり回る下等な霊長類を見て、鉱物資源の採取のための画期的な方法を思いついた。その霊長類に遺伝子操作を施し、知恵を与え、自分たちに似せた高等動物へと改造し、鉱物資源の採取に当たらせようと考えたのだ。
 彼らの思惑は見事に成功し、人類は神々のために汗を流し、およそ千年の滞在の間に十分な鉱物資源を確保した神々は、ふたたび地球を離れ、そしてまた七千年後に地球に降り立った。
 神々に似せてつくられた人間ではあったが、神々との決定的な違いがあった。それが寿命である。不老不死の神々とは違い、成人した人間はほどなく老化を始め、それからわずか六・七十年後には死んでしまう。知恵を付けすぎ、神々への敬心を忘れ、いつか命令に背いて自分たちへ牙を剥くことのないようにと、神々が人類の遺伝子に施した「運命」である。
 しかしわずか百年足らずの寿命しか持ち合わせていないも拘らず、七千年ごとの神々との遭遇を何度か繰り返すうちに、人類は予想以上に知恵をつけ、次第に創造主である神々に似てきた。そしていつしか神々の命令に従わなくなり始める――
 鼠のように増え続け、自我を覚え、すっかり傲慢になってしまった人類――このままでは役に立たなくなるどころか、人類自身が地球の貴重な資源を枯渇させてしまいかねない。神々はいよいよ決意する。
「これ以上放っておくのは危険だ。いったん、滅ぼしてしまおう」
 神々は地球の地軸を少しだけずらし、天変地異を誘引した。南極を覆う氷が溶け、大地を大洪水が襲った。マグマの動きが活性化し、地球の鮮血が地表へ吹き出し、山を下って大地を焼き払い、天を覆った噴煙はそれから百年もの間、太陽の恵みを奪い去った。
「なんてことだ……」
 わずかな人間と、地球に住むあらゆる生き物の遺伝子を宇宙船に避難させた神々は、その光景を、遥か宇宙の彼方から、恐怖におののきながら見つめていた。まさかこれほどの大惨事になろうとは、さすがに彼らも想っていなかったのだ。
 噴煙がおさまり、水の引いた大地が姿を現わすと、神々は救済した人間と動物たちをふたたび地表に放った。しかし放っておけばいつかまた人間たちは知恵をつけ、自分たちに刃向かうに違いない。だからといってあんな大災害を起こすのはもう懲り懲りだ。彼らは考えた。そしてある名案を思いついた。それが、「種の寿命」である。人類の遺伝子に時限爆弾のようなタイマーを仕込み、七千年後に彼らがふたたび地球を訪れる前に、人類の大半を死滅させようという算段だ。
 七千年前に仕組まれたその罠は、今から三百年前、神々の想定どおりに人類に襲いかかった。しかし同時に、神々が想定しなかったことも起こってしまった。その罠を見抜いた人間たちがいたのだ。
 罠を見抜いた彼らは人類を主導し、生存できる人間の数を増やし、高度に発達した文明を退化させることなく、彼らエンジェルに引き継がせた。そして伝説の指導者ジュリアに導かれ、人類はついに永遠の生命を勝ち取った。もちろんそんなことは神々の知るところではない。
 二ヶ月後、人類の衰退を信じて止まない神々が、惑星ニビルと共に地球に接近し、ふたたび人類の前にその姿を現わす――