2016年6月3日金曜日

執筆中の新作の冒頭部分をご紹介 その6

 KDPのアカウント削除の件に関しましては皆さまに多大なるご心配を頂き感無量です。じつはだめもとでamazon様に英文メールを送りました
「身に覚えがありませんので、もう一度調べていただけませんか」
 そして今日、返事が来ました。
「調査に時間がかかります。5日ほど待ってください」
 ほんの少しではありますが、光明が見えてきたような気がします。これも皆さまの励ましのおかげです。

 では、新作の続きをご紹介させていただきます。

 その前にこれまでの投稿を――

のらりくらりと新作を執筆中です
執筆中の新作の冒頭部分をご紹介
執筆中の新作の冒頭部分をご紹介 その2
執筆中の新作の冒頭部分をご紹介 その3
執筆中の新作の冒頭部分をご紹介 その4
執筆中の新作の冒頭部分をご紹介 その5

 それでは続きを――


 それから一週間後の昼下がり――
 祥子は品川の港南口の喫茶店で雑誌を広げていた。その表紙には毒々しい原色の文字が躍っている。週刊真実の今週号である。ここのところの週刊真実はもっぱらソフトブレインの脱税疑惑に焦点を当てているが、今週号も例に漏れず紙面の多くをその記事に割いていた。一方で五洋電気の件に関しては、先日のスクープ以降、特に目新しい記事は見当たらない。内部告発を受けて記事にしたはいいけれど、その先の調査で行き詰まっている、あるいはこの件はこれでもうじゅうぶんだと考えている、まあだいたいそんなところだろう。
 とそのときだった。とつぜん頭の上で声がした。
「あんたが沢井さんか」
 祥子はあわてて顔を上げた。
「あっ……矢島さん、ですね」
 長身の、髪をオールバックになでつけた中年の男が、表情のない顔で見下ろしている。細面の顔に銀縁の眼鏡、その奥に吊り上がった切れ長の目が、祥子にはどこか神経質そうに映った。
 男は無言のまま頭を小さく縦に振り、祥子の向かいの椅子にゆっくりと腰を下ろした。そして右手を大きく上げウェイトレスを呼ぶと、ホットコーヒーをオーダーした。外は今年いちばんの暑さだというのに、よく見ると汗ひとつかいていない。ウェイトレスのおいていった水にも手をつけず、男は細い腕を胸の前で組んだ。
「ジャパン・ウィークリーの記者だそうだな」
「ええ」
「どうやって俺のことを知った?」
「どうやって、って……」
 祥子は言葉に詰まった。いきなり核心を突かれて、言い訳が見つからなかったのだ。しかし男はすっかりお見通しのようだ。
「どうせ、週間真実の記者にでも聞いたんだろう」
「…………」
 図星を指されて祥子は言葉を返せない。
 ――先日轟から矢島の連絡先を教えてもらった後、すぐに祥子は矢島にメールを送った。五洋電気のことで会って話がしたい、と。もちろんそれですんなりといくとは思っていなかったが、意外にも矢島は二つ返事で了承した。思いの外ことが上手く運んで嬉しいと同時に、祥子は少し不安でもあった。矢島の意図がまるで読めないでいたのだ。
 矢島は続けた。
「まあ取引でもしたんだろうが、そんなことはどうせもいい。で、俺とどういう話がしたいんだ?」
 祥子は気を取り直し、無理やり難しい顔をつくって訊ねた。
「まずはあなたのことが知りたいわ。五洋電気の関係者よね?」
「違う」
「えっ……じゃあ、どうやってあの情報を?」
「あの情報だと? なんの情報のことだ?」
「あっ……」
 祥子の顔がみるみる強ばった。しかし矢島はそんなことにはあまり興味がなさそうだ。
「まあいい。その方が話が早い。で、情報のソースだが、それは明かせない。商売上の機密情報だからな」
「商売上の?」
 祥子が訝しげに訊ねると、矢島はジャケットの内ポケットに手を入れ、黒い名刺入れを取り出した。そしてそこから名刺を一枚抜き取ると、それをテーブルの上に置いた。祥子は驚いた顔でそれを見つめた。
「矢島探偵事務所……じゃあ、あなたは――」
「そうだ、私立探偵だ。といっても、もっぱら企業のあら探しが専門だがな」
 感情のうかがえない矢島の冷徹そうな顔を見つめ、祥子は思った。
 もしかするとあれかもしれないわ――
 企業の不祥事を探り出し、それをネタに脅して金銭を要求する、いわゆる『企業ゴロ』というやつだ。しかしすぐに祥子の心に疑問が湧いた。轟の話によれば、例の五洋電気のスクープは、週間真実に無償で提供されているのだ。
 そしてその後すぐに、祥子の頭をさらに混乱させることが起こった。
「ソースは明かせないが、今日は新しいネタを持ってきた」
 そう言って矢島が黒い鞄に手を伸ばした。そして鞄の中に入れた手をふたたび出したとき、その手にはA4サイズの茶色い封筒が握られていた。それをテーブルの上に放り投げ、
「後で読め。きっといい記事が書けるだろうよ」
 そう言ってにやりと笑った。矢島が初めて見せる感情表現だ。
「ど、どうして――」
 どうしてこんなことをするのか、と訊きかけた祥子にかまわず、矢島はすっと腰を浮かした。
「じゃあな。また新しいネタが入ったらこっちから連絡する」
 そう言い残して、さっさと店を出て行った。

―― 続く

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